まちのZINEフェス 2026年度巻頭言 観測委員
目の前に大きな壁がある。そのことが、23年間生きてきてようやく分かってきた。
途方もなく大きな、鈍色の壁。近付いても、離れても、手で触れても、その全体像はうまく掴めない。ただ、それがあまりに大きく、僕らの活動のほとんど全てを取り込んでしまうような、そんなものであることだけは分かる。思考も、表現も、交流も、何かを語ることさえも、その壁の養分となって、壁はますます大きくなる。
僕が編集や出版に関わるようになってからも、文学フリマは膨張を続け、いつしかそれ自体が巨大なプラットフォームになっていた。あらゆるプラットフォームに守られて、僕らは壁のこちら側にいる。
壁の向こうには何があるのか?沖さんはそれを〈編集〉だと言った。それはきっと間違いないことだろう。しかし、〈観測〉することもまた、壁の向こうに追いやられてしまっているのではないか?
大きな都市から少し離れたところにある、それほど大きくはない駅。そこから歩いて辿りつく、少し古びた文化施設。その中のホール。そこに並ぶブースの一つひとつに腰かける人を見つめる。彼らは、何を考え、どのような仕方でそれを本にしたのだろう。彼女らはたまたま隣り合った人と、どんな話をし、自分の作った本についてどんな言葉で説明するのだろう。ホールの中では、幾つもの、不器用で、即興的で、どこか危ういイベントが起こっていて、それはどのように進んでいくのだろう。その場の空気や沈黙や戸惑いを含みながら。
全員が参加者であるZINEフェスにおいて、そういうものは見逃され、あるいは忘れられていく。しかし、そういうものを(皆が盛り上がるところから少し離れて)見つめ続ける寂しい人間が、少しはいなければならないのではないか?
〈観測〉するというのは、高いところから全体を眺めることではない。その地に降りて、そこで起きている些細な振動を拾っていくことだ。直観を鍛え、時代と情況を読み、言語の内側で起きている潮流と言語の外にある感覚との接点を見つめ、それを何とか外に書き出していくこと。出店者の存在と精神の在処を問い、時に走り、時に沈思し、そして、その場で起きていることを見つめ続けること。
〈編集〉もまた、そこから始まるのだろう。巨大な壁の存在を嘆くことからではなく、その手前で起こっている小さな出来事を徹底的に見つめることから。名付けようもないモノや、うまく言葉にならないコト。そこで偶然生まれた反応の一つひとつを拾い上げることから。大きなプラットフォームの中で均され、回収されていくものとは別の仕方で、ここに集まった人たちの営みを受け取り直すことから。
この視線が、いつかあの大きな壁に穴を開けて、そこから光が漏れてくることを信じて、ここで起こる全てのことを見つめる〈観測〉者になる。
2026年3月20日
まちのZINEフェス 2026年度観測委員 森 碧輝